祐一として過ごしたこの三ヶ月の間に、色々なことがあった。
祐一が恋した女の子に出会って。
祐一に恋したいとこに出会って。
不治の病に冒された少女と、その妹を敬遠する姉に出会って。
祐一に焦がれていた妖狐に出会って。
祐一との約束に縛られていた少女に出会って。
七年間寝たきりだった少女が、目を覚まして。
叔母が事故に遭い、死の淵を彷徨いながらも無事に助かって。
絶望したいとこも笑顔を取り戻して。
不治の病の少女も、奇跡的に助かって。
その姉も、妹を受け入れて。
命を落とした妖狐は、完全な人間となって復活して。
自分の力を忌み嫌い、己と戦い続けた超能力少女も、自分の力を受け入れて。
結果的には、良い事ばかりだったと思う。
けど、と彼女は思案する。
幽体が肉体を離れれば、それは『災厄』
叔母が事故に遭ったのも、紛れもない『災厄』
妖狐がものみの丘を降りてきたら、それ自体がすでに『災厄』
少女がチカラを受け入れる過程で、親友が傷ついてしまったことも……『災厄』
どれも、自分が起こしたこと。
災厄をもたらす自分が振り撒いた、すでに起こってしまった悲劇。
己の宿命を決定付けるには、十分すぎた結果だった。
しかし彼女は同時に、この短い期間で、『災厄』の力を制御する術も身に着けている。
死すべき妖狐が復活したのは、彼女の『災厄』の力のお陰。
不治の病の少女を救ったのも、彼女が『災厄』の力を上手く制御して使ったから。
それでも、と彼女は思う。
メリットに対して、デメリットの方が多すぎた。
様子見として三学期の間だけ社会に出ることを許されていたが、それも今日で終わり。
今晩かかってくる両親からの電話で、彼女の運命は決定する。
いや、彼女の中ではもうすでに決定していた。
おそらく、自分は二度と社会復帰できないだろう。
何と言っても、親戚である秋子が事故に遭ってしまったのが大きい。
だからせめて、今日一日は精一杯楽しもうと。
そう、思っていた……。
終了式を終えた教室は、春休みの話で持ちきりだった。
夏休みほどではないとは言え、宿題のない長い連休。
遊び盛りの高校生が、遊ぼうとしないはずがなかった。
「せっかくの連休なんだし、一回くらいは泊まりで遊びたいよな」
席が前後ということもあって、祐無は潤と話していた。
いくら席が隣で仲がよかろうとも、彼は春休み中に香里や名雪と遊ぼうとはしない。
逆に言えば、潤が二人と仲がいいのも、彼に下心がないからだった。
「お前の家にか?」
「いや、お前の」
「えぇっ!? 北川君くん、うちに泊まるのっ!?」
「あら、面白そうね。あたしも同じ日に名雪の家に泊まりに行こうかしら」
側にいた名雪が潤の冗談に素で反応したのを見て、香里もその冗談に乗ってくる。
なんだかんだで、この四人は仲がよかった。
「お、美坂も来るのか。それはそれで面白くなりそうだな」
「どうせなら秋子さんも休みのときに、盛大に……」
「あ、そういうことなら栞も連れて行っていいかしら?」
「どうだろうな。北川はオレの、香里は名雪の部屋に泊まるとして……部屋が足りないんじゃないか?」
「百花屋の月宮って子も居候してるんだろ? その子の部屋は?」
「真琴と相部屋だからだめだ。……いや、真琴に秋子さんの部屋に行ってもらえばなんとかなるか……?」
「よくわからないけど、なんとかなりそうなのね?」
「ちょ、ちょっと三人とも、本気なの!?」
真顔で相談をはじめた三人に、ただ一人事情のわかっていない名雪が顔を真っ赤にして叫んだ。
“祐一”とは平気で同居できる彼女でも、潤に家に泊まりに来られるのは困るようだ。
「ばかね。冗談に決まってるじゃない」
「そうそう。わかってなかったの名雪だけだぞ?」
「素直すぎるのも問題だと思うぞ、水瀬」
あっはっは、と談笑を始めるクラスメイトに、名雪は疎外感を感じずにはいられなかった。
話の途中で担任の石橋が来てしまったので、祐無と潤は直哉を連れてゲームセンターに来ていた。
春休み中に北川の家に泊まりで遊ぼうと計画しながら、格闘ゲームの対戦をしている。
斉藤の画面には『YOU LOSE』の文字が。その対面では、祐無の画面に『YOU WIN』の文字が出ていた。
「ちくしょう! あと一歩だったのに!!」
「ハッハッハッハ! オレは兎を仕留めるのにも全力を尽くす獅子なのだ!」
「あの野郎、いつかの俺のセリフを……!」
ゲームの筐体越しに会話しつつ、直哉と潤が入れ替わる。
勝ち残り戦なので祐無は席を替わらず、彼女の戦績はこれで九連勝になっていた。
「くそっ! まさかこのゲーマー潤ちゃんが五連敗もするわけにはっ!」
試合開始。
「――――とかなんとか言っておきながら、お前もまたあっさり負けたな」
「くそぅ……」
祐無は格闘ゲームがあまり好きではないのだが、『祐一が得意だから』という理由で、この街に越してくる直前に猛特訓をしていた。
結果的にはまだ祐一には敵わないのだが、潤に圧勝、直哉に辛勝できるくらいの実力はついている。
「おい相沢! こうなったら次は音ゲーで勝負だ!」
「え……」
ということで音楽ゲームのコーナーへ移動。
ギター、ドラム、キーボードなど、様々な楽器を模したゲームが勢揃いしている。
潤はDJの真似事ができるゲームの前に立つと、祐無を無視して二人分の料金を入れた。
「何してんだ相沢、早く来い!」
「はいはい……」
祐無が乗り気でないことは明白なのだが、それを見ても潤は勝利に意気込むばかりで、強引に勝負のセッティングをしていく。
「ほら、何でもいいから曲を選べ」
「わかったよ……ったく!」
潤はすでに勝者の余裕を浮かべており、曲の選択権を祐無に明け渡している。
そして選曲中の困っている様子の祐無を観察し、ようやく何かに気が付いたようだった。
祐無は難易度の低い曲の間でカーソルをうろうろさせて、どの曲にすればいいのかを慎重に選んでいる。
(あ……やべ、もしかしてこいつ音ゲーできないのか? 早まったかも)
(う〜ん……祐一でもできる曲ってどれだろうな〜……。私だったらどれでもできるのに……)
しかし潤の考えは、完全に外れていた。
祐無の好みのゲームは音楽・RPG・パズルであるのに対し、祐一の好みは格闘・シミュレーション・アクション。
ゲームしかすることがなかった祐無にとって、この違いはとても大きなものだった。
ゲーム好きなのに自分の好きなゲームができないというのは、正直言って辛い。
「あっ」
祐無が悩んでいる間に、選曲の時間切れが来てしまった。
そのときにカーソルが合っていたものが自動的に選ばれて、曲が始まる。
その曲は、祐一でも楽にクリアできる曲だった。
彼女はそれを楽々とプレイしながら、潤の顔色を窺う。
(うわー、ここまで簡単なのは流石にやりすぎだよぉ……。ほら、北川の顔だって不機嫌に……っていうかむしろ怒ってる!?)
(結局時間切れまで粘ってこの曲か……俺も反省しないとな。って相沢の野郎、ほとんどパーフェクトじゃないか!!)
一曲目が終了。二人の得点はほぼ同じ。
二曲目の選曲画面が始まっても、二人はしばらく動かなかった。
「相沢。お前、簡単な曲だったら得点差もつきにくいっていう魂胆だな」
観戦者の直哉が一番最初に口を開く。
「いや、今の選曲は不可抗力ってやつで……」
「だったらこれにしよう」
「あー!!」
潤は一番レベルの低い曲に合わさっていたカーソルを少しだけ上に動かして、かなり難度の高い曲を選んでいた。
それは潤の得意曲で、もうすでに決定までされている。
「あ……あ……あ……」
「うわ、えげつねぇ……」
「ま、選曲権が交代するのは当たり前のことだよな」
三者三様のコメント。
そして心の中は。
(まずい……まずいよ……。私ならともかく、祐一がこんな曲できる訳がないし……。でも得意分野で負けるのはくやしいっ!!)
(北川もよくやるよなぁ……。相沢の奴、明らかに音ゲー苦手っぽいのに)
(まったくこの野郎。苦手だからってセコイ手使いやがって。完膚なきまでに叩きのめしてやる)
完全に焦ってしまっている祐無の様子を見て、潤は今度こそほくそ笑んでいた。
しかしいざ曲が始まろうとしたそのとき、祐無の目付きが鋭いものに変わる。
「お、できないとわかっててもやる気になったか」
直哉が感心して祐無を褒める。
しかし潤はそれを嘲笑う。
「フハハハハハハ! 俺は兎を仕留めるのにも全力を尽くす獅子なのだ!」
「だぁもう! それはもういいって!!」
潤と直哉の悪ふざけを無視して、祐無は一人、自分の決意を固めていた。
「どうせ今日は試験最終日……どっちに転んでも問題ないっ!」
(本気でやってやる! 絶対負けてあげないんだからっ!)
(相沢も健気だなあ……できない奴が必死になっても、まともに見ることすらできないだろうに)
(さっきの格ゲーの借り、ここで返す!!)
まさか潤が負けるなどとは、第三者の直哉ですら夢にも思っていなかった。
しかし序盤、この一曲の中では比較的簡単な部分を、祐無はミスなしで切り抜けていく。
「うおっ!? なんだよ相沢、まともにできるじゃねぇか!」
この曲は直哉には、落ちてくる譜面を見分けることすらできないレベルである。
それを平然とノーミスで叩いている祐無に、彼はただ感嘆するしかなかった。
「なにぃ!? 相沢、この曲ができてるのか!?」
「おやぁ? オレは一度もできないなんて言った覚えはないぞぉ〜!?」
いくら得意とは言え相手の画面を見る余裕まではない潤が、焦って直哉に確認を取ろうとする。
しかし祐無はそれを聞いて、笑顔で潤を挑発していた。
「相沢も人が悪いな、おい……」
直哉の冷静な突っ込みを、祐無は聞こえない振りをした。
そうして二曲目が終了し、その結果発表。
一曲目との点数を合わせても、祐無の方が若干潤に勝っている。
それを見て、潤はただ驚くことしかできない。
三曲目、最終曲の選択画面になった。
「たしか、選曲権は交代するんだよな〜♪」
祐無はノリノリで、カーソルを回し続ける。
さっさと決めればいいものを、わざと最高難度の数曲をウロウロして、潤を精神的に追い詰める。
「よし、これだ」
祐無が選んだのは、全曲中で一番難しいと言われている曲だった。
結果は言うまでもないだろう。
私は今日、三学期最後の日を力いっぱい楽しんだ。
途中、ちょっとハメを外しすぎた気もするけれど、後悔はしていない。楽しかった。
秋子さんと香里には私のことを知られちゃったけど、あの二人なら大丈夫。
きっと、私の存在を秘密にしておいてくれる。
もう、みんなには会えなくなると思うけど。
私は、絶対に忘れないから。
みんなのことは、忘れないから。
だから私は、この思い出を大切にして、元の生活に戻ります。
さようなら。
そして、ありがとう。
三学期の間だけ試験的に学校に通って、様子を見る。
もし『災厄』の力によって何らかの被害が出れば、祐無は今まで通り、屋敷から一歩も出られずに生きていく。
しかし何の問題も起きなければ、祐無に今のように学校に通わせ、通常の人間社会に溶け込ませる。
その結果が、今日決まる。
祐無は日記を兼ねて、毎日の出来事を書き止めていた。
それは今後も祐無が普通に生活していけるかどうかの判断材料として、すでに両親の元に届けられている。
あとは、両親からの電話を待つだけ。
その電話がきたら、きっと祐無はまた元の生活に戻るのだろう。
家族以外に知り合いのいない、相沢家の屋敷の中だけでの生活。
独りでゲームをするだけの午前。
弟の帰りを待ち焦がれる寂しい午後。
姉弟で二人だけの勉強会をする夕方。
半日ぶりに家族が揃って、一緒に御飯を食べる夜。
そんな生活を、ただ無為に繰り返していく。
祐無の中で、そうなることは確定事項になっていた。
それに異存もない。
だけどそんなことはおくびにも出さずに、彼女は夕食後のひとときを過ごしていた。
名雪とあゆと真琴と、4人でトランプ。
今どき高校生がトランプなんて……と思われるかもしれないが、それぞれの性格や精神年齢、事情を考えれば、それはおかしなことではない。
そして時計が九時を回り、名雪が一足先に眠りに就いた頃。
リビングの電話が、鳴った。
この家にかかってきた電話には基本的に秋子と名雪が出ることになっているが、名雪はすでに寝ている。
だから必然的に、秋子が出る。
「はい、水瀬です」
あゆや真琴に電話がかかってくることは滅多にないので、二人は変わらずトランプに興じている。
祐無も一応その相手をしているが、その内心は気が気でなかった。
心ここにあらずといった状態でトランプに参加しながら、秋子に声をかけられるのをじっと待つ。
「あ、姉さん? ……はい。ちょっと待ってね」
(来た!)
「祐一さん、姉さんから電話です」
「……わかりました」
祐無は自分の手札をテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がる。
秋子から受話器を受け取って、あゆ、真琴、秋子の順に三人の顔を見る。
数秒の間を取ってから。
意を決して、それを耳に当てた。
「はい、代わりました……お母さん」
完
あとがき
この話も一応の完結となりましたので、ここであとがきを書かせていただきますGIDerです。
ただし一言に完結したと言っても、ラストはまだ続きが書けそうな終わり方にさせていただきました。
なので、もしこの作品を読んでくださった皆様から続編希望等の反応がありましたら、続きを書いてみようかとも思います。
メールアドレスは後悔していないので連絡手段はBBSのみとなってしまいますが、もし
「続きがあるのなら読んでみたいかも」
と少しでも思われる方がいらっしゃいましたら、どうぞ気軽に書き込みをしてくださいませ。
それでは、
祐無「チャンスがあったら、またお会いしましょう〜」
と、いうことで。